日本シェリング協会 研究奨励賞選考結果報告
 
研究奨励賞受賞作
「近代市民社会と宗教音楽――《エリヤ》に至るオラトリオの世俗化の論理――」
受賞者  瀬尾文子(国立音楽大学)

選考結果  日本シェリング協会研究奨励賞選考委員長 加國尚志

 日本シェリング協会研究奨励賞選考委員会では2020年度第八回研究奨励賞候補作として瀬尾文子氏の博士論文「近代市民社会と宗教音楽――《エリヤ》に至るオラトリオの世俗化の論理――」を査読し、選考委員による審査の結果、研究奨励賞にふさわしい業績と認めたことを報告する。同博士論文は東京大学に2017年11月に提出され、瀬尾文子氏には2018年3月に学位が授与されている。
 査読にあたった選考委員は菅原潤氏(哲学)、伊東多佳子氏(美学)、胡屋武志氏(文学)、諸岡道比古氏(宗教学)、そして選考委員長として加國尚志(哲学)が担当した。

 同論文は19世紀ドイツにおけるオラトリオ音楽をめぐる歴史的考察を扱っており、元来教会における宗教音楽であったオラトリオが劇場などで上演されるようになり、近代的な一種の世俗化を経験すると同時に、教会とは別の場所での知的な芸術として成立するに至った過程を、具体的な作品分析と当時の論壇での議論などを詳細に論じることで、教会音楽であったオラトリオが、オペラとちがって通俗的な娯楽ではなく宗教性を備えている点で音楽の世俗性の否定となると同時に、教会の外での虚構のドラマとして受けいれられるという両面性を備えていたことを明らかにしている。そのことは、マックス・ヴェーバー以降往々にして「世俗化」として語られる啓蒙主義的な西洋近代において、通俗性の否定と通俗性への依拠という両面的な感情が市民社会の根底にあり、オラトリオ音楽の隆盛を通じて西洋近代市民社会の本質的側面を描き出す意欲的なものであると言える。

 本論文の構成は、まず序論でオラトリオ音楽についての歴史的概観を与え、オラトリオをめぐる論壇を概括した後で、具体的な作品分析としてベートーヴェン『オリーブ山のキリスト』、シュポーア『救世主の最期のとき』が考察され、これらの作品においてリブレットの存在が重視されていたことを考察しながら、オラトリオの劇場での上演の受容における宗教性と世俗性の拮抗が描かれる。またつづいてアーペルやロホリッツの作品分析を通じて、オラトリオと「崇高」の概念の関連が考察され、オラトリオが教会の伝統的な宗教性以上に、たとえば「最後の審判」の主題をめぐって、西洋近代芸術の根本的な概念であった「崇高」の感情の喚起という側面を持っていたことが示される。そしてオラトリオの実際の演奏の場としての「音楽祭」という行事について、とりわけメンデルスゾーンの『エリヤ』を中心に考察がなされ、19世紀前半におけるドイツの音楽祭が聖俗の二面性を持ちながら、教会の宗教性を離れて、音楽が芸術的な評価を受ける場で演奏されるようになっていくプロセスが示されていく。

 そして結論としてオラトリオ音楽が「教会と歌劇場の間」で、「聖と俗の中間領域」を創出するものであったこと、オラトリオ音楽がリブレットのドラマチック化を通じて劇場での娯楽としてのオペラに近づきながら、それとは一線を画する教養的側面を強調するものであったことが述べられ、「上質のエンターテーメント」を求める芸術家の使命と「安易なヴィルトゥオーゾ崇拝」を避ける啓蒙的配慮が存在していたことが示される。虚構によるドラマ化という世俗化の要請と通俗的な娯楽性の否定という要請との両価的な側面を持ちながら、高度に知的なエンターテイメントという論理がオラトリオの教会外での上演を推進する原動力となったことが主張される。

 これらの論述において、瀬尾氏は膨大な文献渉猟をもって精密な論考を重ね、音楽史的な研究として高い密度を備えた論考を提供すると同時に、たとえば音楽祭についての考察では、そうした音楽史的な文献読解を用いて、音楽の演奏される場についての考察としての音楽社会学的な側面にも行き届いた考察を行なっている。
 
 瀬尾氏の博士論文に対して、査読を行なった選考委員からは、全員一致で研究奨励賞にふさわしい作品として以下のような評価が寄せられた。

「19世紀前半に焦点を当てた本論文は、広く啓蒙主義以降のドイツ、ひいてはヨーロッパの文化に何らかの関心を持つ者に大きな示唆を与える内容を有している。例えば、ロマン派文学の前期から後期への移行における世俗化の複雑な様相を考える上でも、聖書受容や古典主義との対決、啓蒙主義の受容と対抗、崇高概念との対決をはじめとする本論文の内容は多くの視点を提供してくれる。」

「近代化の進むヨーロッパ社会において、キリスト教が徐々にその力を失っていく中で、いわば、教会音楽と世俗的な音楽の代表であるオペラのちょうど中間領域に位置するオラトリオの発展が、教会から外に出て、世俗的な音楽ホールという環境で実現されていく事態を、当時のホールや音楽祭での演奏プログラムから証明し、またその時代の精神的風土から解き明かしていく語り口は、きわめて説得的で、ひきこまれていきました。また、A.W.シュレーゲルにもある、エピック、リリック、ドラマチックという詩の形式に当てはめながら、近代化する音楽の趣向が、よりドラマチックなエンターテイメント性を求めるようになっていくなかで、オラトリオもそうした傾向とパラレルな展開を進むのだけれど、とはいえ、「宗教音楽」という枠組から完全に離れてはいけない一種の罪悪感のような「葛藤」を持って独自の展開を示していることを、さらにていねいな楽曲分析を通してあきらかにしていきます。近代へと向かう精神と、揺り戻しのように引き戻されていく精神との間を揺れ動き、宗教と世俗の間を引き裂かれるように「崇高」概念によっていわば折衷案による解決方法を模索するオラトリオの展開を、芸術の自律性と教会やキリスト教への従属の二極の緊張の中にある独特の性格を明らかにするための、詩の分析、楽曲分析、記録や文書の分析を通して、立体的に説明していく手法にも感心しました。音楽史的にも、音楽学的にも、美学的にも、そして、19世紀のドイツの文化史的にも、すぐれた論文であり、日本におけるシェリングの時代周辺の研究の発展をめざすシェリング協会において研究奨励賞にふさわしい論文であると判断しました。」

「題名だけを見ると純然たる音楽史の研究論文に思えますが、2-1-2のドラマティックとリリックの対立についての論述はシェリング協会における中心的なテーマの一つである19世紀前後の美学思想の充実した検討が加わっており、また2-2-1と2-2-2ではベートーヴェンとシュポアのオラトリオについての分析もなされていて、メンデルスゾーンのオラトリオのみを主題化しない行き届いた論述になっていると思います。また「エリヤ」の演奏形態についての調査を見ると、ロマン派とともに成立した市民社会の芸術受容の揺籃期も射程に入れており、題名負けしない総合的な研究論文になっていると判断します。」

「きわめて多くの文献資料を駆使して、瀬尾氏は三つの形式(エピック、リリック、ドラマチック)に分けられたオラトリオの分析を手始めに、三つの形式の相互関係を軸にして、教会音楽の範疇に入れられていたオラトリオがいかに教会の外で演奏され、芸術的エンターテインメントとして教会の外で振興されていったか、を説明することにより、音楽における世俗化の問題を解明しようとする。膨大な資料分析を着実にこなしながら論述する姿勢は特に評価されるべき点であり、シェリング協会研究奨励賞に値する研究であると思います。」

 以上のとおり、本論文にはきわめて高い評価が寄せられた。

 一部の選考委員からは「崇高」概念などの概念規定が十分に明確化されていない、序論の壮大さと結論が見合ってないのではないか、といった問題点の指摘もあったが、そうした点をふまえても、査読にあたった選考委員全員が本論文を日本シェリング協会研究奨励賞にふさわしい充実した内容をもつ研究であることで一致した。上記により、研究奨励賞専攻委員会は瀬尾文子氏を第八回日本シェリング協会研究奨励賞受賞者とすることとし、2020年7月5日の第97回理事会に推薦し、同理事会において承認された。